【合格者インタビュー】立命館アジア太平洋大学 国際経営学部 ゴータム・サクシャムさん(特進グローバルコース)

令和7年度 総合型選抜において、飯塚高校では多くの生徒が志望大学への合格を勝ち取りました。今回は、立命館アジア太平洋大学(以下、APU) 国際経営学部 国際経営学科に合格したゴータム・サクシャムさん(特進グローバルコース3年生)に、飯塚高校での3年間の歩みと進路選択についてお話を伺いました。
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支えられながら進んできた3年間
——最初に、高校生活全体を振り返ってみて、どんな3年間だったと感じていますか。
「周りの人に支えられながら、少しずつ前に進んできた3年間」だったと思います。日本に来たのは、両親の仕事の都合がきっかけでした。それまでは日本語をほとんど勉強したことがなく、日本に来てから本格的に学び始めました。
最初は、日本語での授業や日常会話に不安を感じる場面もあり、やっていけるだろうかと思うことも。入学初日に声をかけてくれた友達がいて、英語で「大丈夫だよ。困ったことがあったら手伝うよ」と言ってくれたことが、今でも強く印象に残っています。その一言で気持ちが楽になり、「ここで頑張ってみよう」と思えるようになりました。
——飯塚高校を選んだ理由は、どんな点にありましたか。
家から通いやすかったことに加えて、海外から来た生徒も多く、日本人の生徒と一緒に学べる環境がある点に魅力を感じました。英語でもコミュニケーションできますし、日本語のサポートがあることも安心材料になりました。「ここなら学びながら成長できそうだ」と感じました。

——学校生活の中で、特に支えになった存在はありましたか。
3年間ずっと担任だった本先生の存在は、とても大きかったです。生徒一人ひとりを平等にサポートしてくれました。日本語のことだけでなく、学校生活で困ったことがあれば話を聞いてくれる姿勢が、安心につながっていたと思います。
英語劇と学園祭。挑戦の中で広がった学びと自信
——学校での活動の中で、特に印象に残っている経験を教えてください。
「英語劇」です。僕が1・2年生のときに参加していた、放課後に実施される「グローバル教育プログラムIntensive」のカリキュラムとして行われたものです。日本人の生徒や海外から来た生徒を含む多様なメンバーで、英語を用いた劇をつくり上げる活動でした。
最初は「英語の劇だから、簡単ではないだろうな」と思っていましたが、進めていくうちに手応えを感じるように。1年生のときはサポート役のような立場で参加しましたが、2年生になったときには「もっと挑戦してみよう」と思い、より主要な役割にチャレンジしました。
2年目は流れも分かっていたので、1年目よりもスムーズに取り組むことができ、自分の成長を実感できた経験でした。
——飯塚高校といえば、11月の「街なか学園祭」が最も大きな行事です。学園祭ではどんな経験ができましたか。
飯塚高校の学園祭は、学校の中でなく、飯塚市の商店街という「まち全体」で行われるので、人の多さや雰囲気が普段と全然違います。
その中で、「どうやってお客さんを呼ぶか」「どうしたら自分たちの店に来てもらえるか」といったことを考える経験ができました。特に印象に残っているのは準備期間です。誰が何を担当するのかを話し合い、役割を分けて、グループで協力しながら進めていくことがとても大切だと実感しました。
3年生の学園祭では、留学生やグローバル教育プログラムIntensiveのメンバーで、出身地の郷土料理をつくって販売しました。僕は弟(2年生)と一緒にネパールの伝統的なスナック「ナムキン(ニムキ)」をつくりました。みんなで協力してひとつのことを形にする過程を通してチームワークを実践できた良い経験になりました。
迷いながら選び取った進路。日本で学ぶという決断
——大学進学を意識し始めたのは、いつ頃でしたか。
大学について考え始めたのは、1年生の頃だったと思います。当時は、進学するなら海外の大学かなと漠然と考えていました。ネパール出身ということもあり、もう一度海外に出て学ぶという選択肢が、自然に頭に浮かんでいたのだと思います。
ただ、その考えについて担任の本先生に話したとき、日本にも英語で授業を受けられる大学があることを教えてもらいました。それまで、日本の大学で英語だけで学べる環境があることを知らなかったので、そういう選択肢もあるのかと視野が広がった瞬間でした。
——そこから、どのように進路を具体化していったのでしょうか。
本先生が最初に紹介してくれた大学のひとつがAPUで、興味を持って少しずつ情報を集めるようになりました。
2年生の夏にはサマーキャンプに参加。カウンセラーとして参加していたAPUの大学生に話を聞く中で、日本にいながら非常に国際的な環境で学べる校風を魅力的に感じました。
キャンプの中で、「日本で学び続けるのか、それとももう一度海外に行くのか」ということを、改めて真剣に考えるようになりました。

——日本で学ぶことを選んだ決め手は何でしたか。
ひとつは、家族が日本で暮らしているということです。日本に来てからの生活にも慣れていましたし、今の環境で英語を使って学べるのであれば、その方が現実的だと感じました。
日本の大学で英語で授業を受けられる環境は、自分にとって「無理をしすぎず、でも挑戦できる」選択だったと思います。その中でもAPUは、50%以上が海外からの学生で、100を超える国や地域から学生が集まっていると知り、強く惹かれました。
それだけでなく、日本全国から学生が集まっている点も魅力でした。キャンパスのある大分県だけでなく、北海道や東京など、さまざまな地域から来た学生と一緒に学べることは、自分の視野をさらに広げてくれると思ったんです。

——APUの中でも国際経営学部を選んだ理由を教えてください。
僕はインターナショナルマネジメントやビジネス分野に興味があります。国際的な環境の中で経営やビジネスを学べる点が、国際経営学部を選んだ大きな理由です。
また、飯塚高校からAPUに進学した先輩が何人もいて、その先輩たちから直接話を聞けたことも大きかったです。ちょうど1学年上の先輩もAPUに在学していて、「勉強する環境がとてもいい」「静かで集中できる場所だよ」という話も聞いています。
実際に通っている先輩の言葉は、とてもリアルで説得力があり、「ここなら自分も頑張れそうだ」と思えました。先生のサポート、キャンプでの出会い、先輩からのアドバイス——そうした一つひとつの経験や見聞きしたことが、APUを志望する決め手となりました。
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「何を学んだか」を的確に伝えるために。言葉と向き合い続けた
——受験準備を振り返って、特に大変だったと感じたことは何でしたか。
一番大変だったのは、志望理由書を書くことでした。最初は、日本語で書こうと思っていたんですが、どこからどう書き始めればいいのか悩んで、先生に相談しました。そうしたら、「英語ベースで受験するなら、志望理由書も英語で書いたほうがいいよ」と言われて、英語で書くことを決めました。
でも、英語で書くと決めてからも、簡単ではありませんでした。書きたいこと・書けることがたくさんあって、全部書こうとするとどうしても長くなってしまいます。実際、最初に書いたものは1,600ワードくらいあって、これはさすがに長すぎるなと思いました。
——そこから、どのように内容を整理していったのでしょうか。
APUの志望理由書は400ワード以内と決まっていたので、書いた内容の4分の3くらいを削らないといけませんでした。何を残して、何を削るかを考えるのに苦労しました。
サマーキャンプをはじめいろいろなイベントに参加してきたので、どれも大事な経験に思えて、絞り込むことが大変でした。磨き上げていく中で、先生と話しながら「その経験から何を学んだのか」「一番伝えたいポイントはどこか」を意識するようになりました。
最終的には、一度全部書き出した上で、中心になるテーマをひとつに絞り、そこに向かって内容を研ぎ澄ませていきました。
——志望理由書以外の準備についても教えてください。
ひとつめはエッセイです。テーマは「高校生活で何を学んだか」「3年間で取り組んだこと」「一番楽しかった思い出」などで、基本的には志望理由書に一度書いた内容をベースにして、そこから書き直していきました。
ふたつめは録画面接です。質問が画面に表示されて、それに対して自分の回答を動画で撮影して提出する形式でした。最初はどう話せばいいのか分からなかったので、先生からは「まずは、志望理由書に書いたことを頭に入れること」と助言を受けました。
話し方についても具体的にアドバイスをもらいました。カメラを見ること、目線を下げすぎないこと、必要以上に考え込まずに話すことなど、実際の面接を想定したリハーサルをしました。
——その準備を通して、印象に残っていることはありますか。
志望理由書やエッセイは英語で書いていましたが、英語の先生だけでなく、留学生担当の大浦先生にも見てもらいました。
英語として正しいかどうかだけでなく、「流れが自然か」「日本人の先生が読んでも伝わるか」という視点でチェックしてもらえたのは、とても助かりました。最初に何を書くか、どういう順番で書くかといった構成の部分も、大浦先生に何度もチェックしてもらいました。
何度も書き直して、削って、また考える。その繰り返しは大変でしたが、自分が何を学び、これから何をしたいのかを、深く考える時間にもなっていたと思います。
文化をつなぐ役割を果たしたい。未来の構想と後輩へのメッセージ
——では最後に、これからの将来について聞かせてください。国際経営学部へ進学するということで、将来的にはどんなことをしていきたいと考えていますか。

グローバルビジネスに関わる会社をつくりたいです。まずは出身国のネパールで始めたいと思っています。
というのも、ネパールでは高校卒業後、海外の大学に進学する生徒がとても多いんです。その理由に、国内で大学を出ても、働く場所が少ないことが挙げられます。
だからこそ、自分の国の中に、学んだあとに戻ってきて働ける場所をつくりたい。そのために、インターナショナルなビジネスや会社を立ち上げたいと考えるようになりました。
——ビジネスの中で、特に大切にしたい視点はありますか。
「文化」です。日本で生活してきて、自国の文化と、日本の文化を比べるようになりました。違うところも多いですが、同じところや取り入れたらいいなと思う部分もたくさんあります。
例えば、日本では家に入るときに外の靴と中の靴を分けますよね。ネパールでは家の中では裸足で過ごす文化があります。一方、日本ではスリッパのように、外用の靴と中用の靴を分ける家庭も多いです。これは自分にとって「いいな」と感じる文化のひとつです。
そういった、日本で暮らす中で「これは取り入れたいな」と思った文化をネパールに伝えたり、ネパールで生まれ育った自分だからこそ大切だと思っている文化を、日本や他の国に伝えたりできたらいいなと思っています。
ひとつの国だけではなく、時間がかかっても、いろいろな国をつなぐような形でビジネスを広げていきたいです。文化の違いを比べるだけではなく、「良いところをお互いに持ち帰る」ことができるような仕事ができたらと考えています。
——最後に、これから受験を迎える後輩や中学生に向けたメッセージをお願いします。
まず、飯塚高校でこれから受験を迎える後輩に伝えたいのは、できるだけ早い段階から準備を始めてほしいということです。早く動き出すことで進路の選択肢も広がりますし、「まだ時間がある」という気持ちの余裕も生まれると思います。受験直前になって焦るより、少しずつでも前に進んでいくことが大切だと思います。
ここからは、受験を控えている後輩だけでなく、中学生の方にも伝えたいことです。それは、いろいろな活動に参加してほしいということ。学校の中の勉強だけでなく、世界で何が起きているのか、社会全体に目を向けることも大事だと思います。世界の出来事や他国の歴史についても、自分から知ろうとする姿勢を持つことで、考え方や視野が広がっていくと思います。
そしてもうひとつ大切だと思うのは、毎日の振り返りをすることです。今日何をしたのか、朝から夜までどんな行動をしたのかを書いて残す。それを続けることで、「次の日は何をしよう」「次は何を頑張ろう」と自然に考えるようになります。
1日1日をなんとなく過ごすのではなく、自分なりのテーマを持って行動すること。その積み重ねが、あとから振り返ったときに、自分だけの経験として残っていくのだと思います。
——素敵なお話をありがとうございました。
今後も合格者インタビューを順次掲載していきますので、ぜひご覧ください。
「特進コース(※)」について詳しくはこちらを参照ください。
※令和8年度より「探究プロジェクト」に名称変更
※記事内容は取材当時(2026年1月)のものです。
※写真はサクシャムさんよりご提供いただきました。


