【合格者インタビュー】福岡教育大学 教育学部 中等教育教員養成課程 浜田萌々子さん

令和7年度大学入試において、飯塚高校では多くの生徒が志望大学への合格を果たしました。今回は、福岡教育大学 教育学部 中等教育教員養成課程に合格した浜田萌々子さんに、教師を志したきっかけや受験期に直面した葛藤、そして第一志望合格に至るまでの歩みについて話を聞きました。
生徒会活動や体育祭の運営長など、学校行事にも積極的に関わりながら高校生活を送ってきた浜田さん。受験では、志望していた中等教育課程がE判定、初等教育課程がA判定という状況の中で進路に迷う場面もありました。それでも自分が本当に進みたい道を見つめ直し、志望を変えずに出願しました。
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英語教師になりたい。小学生の頃からの夢に向かって
——最初に、福岡教育大学を目指した背景を教えてください。
小学校の頃から、将来は先生になりたいと思っていました。特に英語に興味があり、「英語って面白いな」と感じながら勉強してきました。
中学3年生の頃には、福岡教育大学に進みたいという思いをなんとなく持っていました。高校に入ってからは、英語科の小山先生をはじめ、福岡教育大学出身の先生方と出会い、その思いがさらに強くなりました。特に小山先生の授業を受ける中で、「自分もこの先生の後輩になりたい」と思うようになり、福岡教育大学への進学を強く志望するようになりました。
もともとは中学校の先生を目指していましたが、高校でさまざまな先生方と出会う中で、「高校の先生もかっこいい」と感じるようになりました。英語の教員免許があれば中学・高校の両方で教えることができるため、福岡教育大学を目指すことを決めました。高校生活で出会った先生方の姿が、進路をはっきりと決めるきっかけになりました。

——高校生活では生徒会活動や体育祭などの学校行事にも積極的に参加していました。勉強と両立するうえで心がけていたことは何でしたか。
実は、細かいスケジュールを立てて勉強するタイプではありませんでした。計画しても思い通りに進まないことが多いと感じていたので、あまり細かく予定を組むことはしていませんでした。
中学生の頃に塾に通っていたこともあり、「1日にどのくらい勉強するか」という感覚はなんとなくつかんでいました。ただ、高校に入ると友達と過ごす時間も楽しく、毎日決まった時間に同じペースで勉強していたわけではありません。定期テストや模試の前など、必要なタイミングで集中して取り組むことが多かったと思います。
その代わり、定期テストや模試、小テストなど目の前の課題に一つひとつ集中して向き合うようにしていました。その積み重ねが結果的に力になっていたのだと思います。
受験対策を本格的に始めたのは3年生の秋でした。赤本を解いたのもその頃が初めてで、そこから入試に向けた勉強を少しずつ進めていきました。
「学校で勉強」という自分に合う受験スタイルを確立
——受験直前期は、どのような環境で勉強を進めていましたか。
12月の終わり頃から3月の初めまで、ほぼ毎日学校で勉強していました。家だと携帯を触ってしまったり、部屋の掃除を始めてしまったりと気が散ることが多かったため、できるだけ学校で勉強するようにしていました。
直前期には、模試の結果をもとに担任の藤本先生が私の弱点や得意分野をまとめた資料を用意してくださり、「ここは弱いから重点的に対策しよう」「ここは得意だから今の勉強を続けていこう」といった形で勉強の方向性を示してもらいました。塾に通っていなかった私にとっては、自分の弱点にどう向き合えばいいのかが具体的に分かり、とても助けられました。
また、教室には同じように国公立大学を目指して勉強している友達もいて、みんなが真剣に取り組んでいる姿が良い刺激になっていました。「きっと家でもこの時間まで勉強しているんだろうな」と思うと、自分ももう少し頑張ろうと気持ちが引き締まりました。
学校ではチャイムに合わせて勉強の区切りをつけられるのも良かった点です。授業と同じように時間が進むため、チャイムを目安に勉強を始めたり終えたりすることで集中しやすくなりました。模試の時間を意識して取り組むこともでき、本番を想定した勉強にもつながりました。
空いている教室やベンチなど場所を変えて勉強することもできましたし、制服を着て学校に来ることで気持ちも自然と切り替わりました。直前期は「学校に行って勉強する」という生活リズムを作れたことが、受験に向かう上で大きな支えになっていたと思います。

E判定でも志望は変えない。涙の相談から決めた出願
——共通テスト後、出願先を決める際に大きく迷ったと伺いました。そのときはどのような気持ちで決断したのでしょうか。
私はもともと中等教育教員養成課程を目指していましたが、模試ではずっとE判定でした。一方で、初等教育教員養成課程はA判定だったこともあり、自分の中でも気持ちが揺れていました。共通テストの結果も、出願できなくはないものの決して余裕がある点数ではなく、本当にどうするべきか悩んでいました。
悩んだときは先生に相談することが多かったです。私はもともと悩みを抱え込んでしまうタイプだったのですが、日本史の冨田先生から「悩みを溜め込んではいけないよ。困ったら話に来なさい」と声をかけていただいたことをきっかけに、先生方に相談するようになりました。勉強のことや進路のことなど、その都度話を聞いていただきながら考えていきました。
また、家では父も大きな支えでした。父は過去の入試結果などを調べながら、「この点数なら中等でも十分挑戦できると思う」と分析してくれました。中等への出願についても背中を押してくれて、受験期間中も否定的なことは一切言わず、毎日のように「よく頑張っているね」と声をかけてくれました。その言葉が大きな励みになっていたと思います。
ただ、共通テスト後は特に迷いが大きく、友達にも相談しました。模試の結果を踏まえて「初等の方がいいのでは」と言ってくださる先生もいる中で、恩師の小山先生からは「本当は中等に行きたいんじゃないの?」と言われ、その言葉がとても心に残りました。
それでも決めきれず、クラスメイトに泣きながら相談しました。すると友達は、「3年間ずっと中等に行きたいって言ってきたんだから、本当は中等に行きたいんじゃない?」と言ってくれました。さらに「いろいろ悩んでいるけれど、心の中では中等って決まっていて、誰かに背中を押してほしいだけなんじゃない?」と言われて、確かにそうかもしれないと思ったんです。
その言葉をきっかけに、「やっぱり中等に行こう」と決め、その場で出願しました。出願したあと、先生方に「中等に出願しました」と涙混じりで報告したことを今でも覚えています。先生方や友達、家族が話を聞いてくれたからこそ、自分の気持ちに正直に行動することができました。結果として、その決断が今の合格につながったのだと思っています。
人と比べない。自分の成長に目を向けた受験期
——福岡教育大学の2次試験(個別学力検査)では英作文があったと思いますが、どのように対策していましたか。
英作文は、先生に添削してもらうことを中心に対策していました。もちろん自分で書くことにも意味はありますが、AIや模範解答だけでは、自分の表現が本当に正しいのか分かりにくいこともあります。少しずれていても正解のように見えてしまうこともあるので、実際に英語の先生に見てもらい、添削していただくことがとても大切だと感じました。
また、英作文はとにかく数を書くことも大事だと思います。いろいろなテーマで書くことで、使える表現や語彙が少しずつ増えていきます。英語で自分の考えを書くには、やはり語彙力が必要なので、英単語などの基礎を固めていくことも意識していました。
その上で、先生に見てもらう機会をつくることも大事だと思います。自分から先生にお願いして添削してもらうことで、より具体的なアドバイスをもらうことができました。英作文はひとりで完結する勉強というよりも、先生に見てもらいながら改善していくことで力が伸びていくものだと感じています。
——受験勉強の中で、印象に残っている出来事や、そこから学んだことがあれば教えてください。
「人と比べないこと」の大切さを実感しました。周りには勉強ができる人がたくさんいて、自分より少ない勉強時間で高い点数を取る人もいました。自分なりに勉強していても、そういう人と比べてしまうと落ち込んでしまうことがありました。
でも、自分の点数の伸びだけを見るようにすると、少し気持ちが楽になりました。目指している大学もそれぞれ違うので、人と比べる必要はないのだと気づいたんです。
その考え方につながったひとつの出来事として、日本史の勉強があります。日本史は好きな科目ではあったのですが、なかなか点数に結びつかず、模試でも30点くらいで伸び悩んでいました。そのとき冨田先生から、「人によって伸び始める時期は違う。今30点でも、直前期に一気に伸びることもあるから焦らなくていい」と声をかけていただきました。
その言葉を聞いて、「今の点数だけで判断せず、やるべきことを続けていこう」と思えるようになり、先生に言われた通り、教科書や問題集を繰り返しながら勉強を続けました。すると直前期には60点台が安定して取れるようになり、本番では70点まで伸ばすことができました。
この経験から、周りと比べるのではなく、自分のペースで努力を続けることの大切さを学んだと思います。
挑戦し続けた3年間。行動する力が身についた

——生徒会活動や地域との関わりなど、さまざまな経験をした3年間だったと思います。そうした経験を通して感じる、自分自身の成長や変化について教えてください。
中学生の頃の私は、人前に出ることがあまり得意ではないタイプでした。でも、入学当初は知っている友達がほとんどいないところからのスタートだったこともあり、「まずはやってみよう」と思う場面が自然と増えていきました。
生徒会活動や学校行事の委員など、いろいろなことに挑戦する中で、「一度やってみて、違うと思えばやめればいいし、いいと思ったら続ければいい」と柔軟に考えられるようになりました。教師を目指すなら、さまざまな人と関わるコミュニケーション力を高めることも大切だと思っていたので、できるだけ人と関わる活動に参加するようにしていました。そうした経験を重ねるうちに、自分から声をかけられるようになったと感じています。
生徒会では、商店街のイベントに出店する活動にも関わりました。その際には、シルバー人材センターや農協の方々に協力をお願いする場面もありました。地域の方と関わる中で、「待っているだけではなく、自分から話しかけることが大事だ」ということも学びました。
また、高校生アスリートを取材する「とびうめ応援レター」という外部活動に挑戦したことも、忘れられない出来事です。他校の生徒と一緒に活動したり、北海道に取材に行く機会もあり、普段の学校生活だけでは出会えない人たちと関わることができました。その経験を通して、「今この瞬間の出会いは今しかないかもしれない」と気づいたんです。
それからは、気になった人や話してみたいと思った人には、できるだけ自分から声をかけるようになりました。飯塚高校でさまざまな経験に挑戦できたことで、行動することへの抵抗が少なくなり、自分から一歩踏み出せるようになったことが、この3年間での一番大きな成長だと思います。

——最後に、高校選びを考えている中学生に向けて、メッセージをお願いします。
飯塚高校の魅力のひとつは、先生との距離が近く、親身になってくれる先生が多いことです。先生方はとても個性豊かで、きっと自分に合う先生と出会えるはずです。
また、地域活動や大学との連携など、学校の外と関わる機会が多いのも特徴です。大学について早い段階から知ることができるため、進路を具体的に考えるきっかけにもなります。
さらに、留学生や海外協定校との交流も活発で、異文化に触れる機会が多くあります。外国出身の友達と話す中で、教科書だけでは分からない英語の使い方を知ることもできました。
英語に興味がある人はもちろん、まだ将来の進路が決まっていない人でも、部活動や地域活動、海外の協定校との交流などを通して自分のやりたいことを見つけることができる学校です。
いろいろなことに挑戦してみたい人や、自分を成長させたいと考えている人には、ぜひ飯塚高校に来てほしいと思います。
——素敵なお話をありがとうございました。
今後も合格者インタビューを順次掲載していきますので、ぜひご覧ください。
▶「特進コース(※)」について詳しくはこちらをご参照ください。
※令和8年度より「探究プロジェクト」に名称変更
※記事内容は取材当時(2026年3月)のものです。
※写真は浜田さんよりご提供いただきました。

