「だってこれチャンスですから」~具体と抽象を行き来する力を、大学で教える常務理事から学ぶ~

授業の課題で書いた自分の文章をもとに、大学で教える先生の前で意見を述べ、その場で講評を受ける——9月29日の論理国語の授業で、特進アカデミックコースの3年生はそんな時間を過ごしました。
講師を務めたのは、本校常務理事で校長補佐の嶋田吉朗先生です。嶋田常務理事は関西大学の客員教授を務め、九州工業大学でも講義を担当しています。講義には2年生も同席し、3年生と同じ輪の中で話を聞きました。授業を担当する菊池祐介先生と嶋田先生に、当日の様子とその後の生徒たちの変化について話を伺いました。
発言の機会を自分からつかむ生徒たち

講義では、3年生が事前に書いた文章の中から何本かを取り上げ、書いた本人が意見を述べました。嶋田先生が意見を求めると、生徒たちは自分から手を挙げて話し始めたそうです。
授業のあと、菊池先生が生徒たちの積極的な姿勢をねぎらうと、「だってこれチャンスですから」という答えが返ってきました。大学でも教えている嶋田先生に自分の考えを直接見てもらえる機会を生かして、自分の力を伸ばしたいと、生徒たちは考えていたそうです。
発言した生徒の一人は、「自分が書いた論文を瞬時に要約し、発言することが難しいと感じた。全然まとまっていない発言になってしまったが、そのような経験ができただけでも大きな成果になった」と振り返っています。
この日の発言には、普段の授業での積み重ねがありました。本校では、物事を「Global(世界)」「Local(地域)」「Individual(個人)」の三つの目線から考える「GLI」を学びの柱にしています。論理国語の授業では、日頃から文章の要約に力を入れていますが、学校全体で取り組んでいるGLIの視点も授業に取り入れ、教科書の内容から自分で問いを立てる学びにつなげています。
GLIを授業に取り入れる意味について、菊池先生はこう話します。
「『多角的な視点を持とう』という言い方はよく耳にしますが、それだけでは抽象的です。GLIという指針があれば、どの目線から見るのかが具体的になります。抽象と具体を行き来する力は、勉強にも、これからの生き方にも役立つはずです」
たとえば「Global」という言葉について、自分が思い描くイメージと生成AIが描くイメージを比べ、その違いをきっかけに自分で問いを立てる授業を行いました。また、教科書に収録されているドリアン助川さんの『沙魚(ハゼ)』も読みました。
東京大空襲を背景に、戦争を経験していない世代が戦争の記念館をつくることへの葛藤を描いた作品です。生徒たちはこの作品をもとに、「なぜ戦争は続くのか」をGLIの三つの目線から考え、自分の考えを文章にまとめました。この文章が、特設講義の題材になりました。
大学では「具体と抽象を行き来する力」が求められる

講義で嶋田先生が繰り返し伝えたのが、具体と抽象を行き来することの大切さでした。
「グローバル化」という言葉だけを聞いても、何を指しているのかはつかみにくいものです。そこで「マクドナルドが世界中に広がって、どこにいても同じ味のものを食べられる」という例を挙げると、その様子が頭に浮かび、グローバル化の一つの姿として理解できるようになります。
講義を聞いた生徒からは、「今まではグローバル化が進んでいくことが大切だと思っていたけれど、グローバル化しないことが大切になる場面もあるとわかりました」という感想も寄せられました。
「具体的な例と行き来できないまま言葉だけを使うと、それらしいことを並べているだけになってしまいます。反対に大学では、具体的な現象をよく理解したうえで、それらを一つの言葉にまとめて話す力が必要になります。理系で現象を数式に落とし込むのも、同じことをしているんです」
講義を受けて、「具体と抽象を自由自在に行き来しながら、最後に結論を明確にすると、さらに良い文章になることがわかった」と感想を記した生徒もいました。
大学の先生は皆、研究者でもあります。嶋田先生によると、研究者は自分で疑問を見つけ、根拠を積み上げながら答えを探していくことを仕事にしています。大学の授業を受ける学生にも、同じような力や感性が求められるといいます。
大学の教育目標によくある「多角的な視点」や「深い洞察力」という言葉について、ある生徒は「実際に常務理事の話を聞いて実感でき、大学ではこういう能力を身につけるのだと意識できた」と感想に書いています。
講義が終わると、嶋田先生のまわりには質問をする生徒が集まりました。戦争と経済の関係について問いかける生徒もいて、その場では時間が足りなかったため、嶋田先生は後日、菊池先生を通じて自分の考えを伝えています。
同席した2年生「来年は自分たちがあそこに立つ」
講義に同席していた2年生にも、変化が生まれています。
講義から数日後、2年生がタイから来ている留学生に「タイのマクドナルドはどうなっているの?」と尋ねる場面がありました。フィリピン出身の生徒は、ご飯をバンズ代わりにしたライスバーガーが多いというフィリピンのマクドナルドの話をしてくれたそうです。
講義で出た一つの例が、日がたっても生徒たちの間で話題になり、国を越えた会話につながっていました。菊池先生は「何日もたってから、こういう話が出てくるのが嬉しいですね」と話します。
講義の直後には、「自分たちも課題を書いて参加したかった」と菊池先生に伝えにきた2年生もいました。そこで2年生にも同じ課題に取り組ませ、いくつかを嶋田先生に送ると伝えると、生徒たちは意欲的に書き始めたといいます。
菊池先生のもとには、「普段とは違う3年生の姿を見られた」「大学では具体と抽象を行き来するのだとわかった」といった声も届いています。来年は自分たちがあの場に立つのだと受け止めている生徒もいました。
実は今の3年生も、昨年は2年生として同じ講義に同席していました。今年は発表する側に回り、「去年はこんな話をしていたね」と振り返る姿も見られたそうです。
「合格させる側」と「受け入れる側」両方の目線を

特設講義を企画した背景について、菊池先生は次のように話します。
「一つは、学校として大切にしているGLIの考え方を、生徒に正確に伝えることです。もう一つは、大学の側の目線を知ることです。私たちは生徒を合格させるために力を尽くしていますが、嶋田先生は大学でも講義を担当していて、大学で学生を受け入れ、教える側の目線を持っています。その両方に触れられることは、本校ならではの機会だと考えています」
嶋田先生は今回の講義を振り返り、生徒の文章の質の高さを挙げました。
「戦争について、資料館を訪れたことや家族から聞いた話など、生徒たちはさまざまな経験を持っていて、それぞれに心を動かされていました。その経験をもとに、GLIの視点を整理して書けているものが多く、全体の粒がそろっていたことに驚きました。体験や経験を通った言葉でなければ、相手にはなかなか響きません。いろいろな経験をさせ、いろいろなものに触れさせることが大切だと改めて感じました。そういう生徒を育てて、大学に送り出していきたいと思います」
次回の授業では、タイからの留学生を交えて「グローバル」をテーマに意見交換やディベートを行う予定です。「今の生徒たちなら、受け身にならずに自分の意見を言えると思います」と菊池先生は期待を寄せています。
その期待通り、2年生たちは積極的に話していました。いずれの国でも共通して知っているキャラクターについて語り合ったり、タイ、フィリピン、日本のマクドナルドのメニューを見せ合い、それぞれがなぜこのような違いが生まれるのかについて語り合ったりと、日本語と英語を駆使して話し合う姿は、国境を感じさせないものでした。
特設講義は数年前から行われてきましたが、当初は単発に近い取り組みでした。昨年からは、2年生が3年生の講義に同席し、翌年に自分たちが発言する側に回る今の形になっています。今の3年生がそうだったように、今回同席した2年生も、すでに同じ課題に取り組み始めています。
「一回限りの授業で終わらせず、上の学年の姿を見た下の学年が、次の年に自分たちもできるようになる。そうしたつながりを、これからも続けていきたいと思います」と菊池先生は話しています。本校ではこれからも、大学での学びを見据えた授業づくりに取り組んでいきます。

