学業・駅伝・留学、どの可能性も手放さなかった3年間|立命館アジア太平洋大学 三明勇斗さん【卒業生インタビュー】

飯塚高校を卒業し、立命館アジア太平洋大学(以下、APU)サステナビリティ観光学部で学ぶ三明勇斗さん(令和7年度卒業)。大学では、国際色豊かな環境に身を置きながら観光やホスピタリティについて学び、仲間とともに陸上サークルを立ち上げるなど、充実した学生生活を送っています。
飯塚高校在学中は駅伝部に所属し、全国高校駅伝(都大路)に出場。学業でも高い評定を維持しながら、ベトナム・タイへの留学や地域活動にも取り組みました。高校時代の経験が現在の学びにどうつながっているのか、進路を決めるまでの道のり、これから実現したい夢について聞きました。
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日本にいながら、海外のような環境で学ぶ
——現在、大学ではどのようなことを学んでいますか。
サステナビリティ観光学部で、観光学を中心に学んでいます。1年次は英語の授業がほぼ毎日あり、観光学やホスピタリティ産業論などの必修科目も受講しています。
APUは国際学生(※)が多く、授業でも日本人学生と国際学生が一緒にグループワークに取り組みます。私が暮らしている学生寮「APハウス」に戻ると、キッチンや共有スペースにはさまざまな国・地域から来た学生がいて、一緒に料理をしたり、話をしたりします。大学でも寮でも、日常的に英語を使う環境です。
(※)APUでは、在留資格が「留学」の学生を「国際学生」と呼んでいます。全学生の約半数を国際学生が占め、教員も約半数が外国籍です。キャンパスでは英語と日本語が公用語として使われています。

——大学や寮で英語を使う日々を通して、英語力の変化を感じますか。
高校時代は「英語は分かる」というくらいの感覚でしたが、今は日常生活で使われる英語なら、ほとんど負担なく聞き取れるようになりました。避難訓練も英語で行われますし、アルバイト先でも海外からのお客さまを英語で接客しています。
アルバイトをしているのは、別府市内の商業施設にある服飾店です。インバウンドのお客さまが多いので、働きながら英会話の実践までできていて、恵まれた環境だなと思っています。まだ勉強は必要ですが、授業で学ぶだけでなく、生活の中で英語を使い続けることで、実践的な力が身についてきたと感じます。

——授業や寮、アルバイトと充実した日々ですね。ほかには、どのような活動をしていますか。
高校では駅伝部に所属していましたが、APUには陸上や駅伝のサークルがなかったため、陸上経験のある仲間と一緒に新しく立ち上げました。現在は約23人が所属し、そのうち4割ほどが国際学生です。
競技だけでなく、地域貢献を活動の大きな軸にしています。別府市の小学生向け陸上教室にボランティアとして参加したほか、マラソン大会の運営ボランティアも企画しています。高校時代にも小学生へ陸上競技を教えたり、地域の方々と関わったりする機会があったので、その経験を大学でも生かしたいと考えました。
留学で見つけた、自分に合う学び方

——そのような国際的な環境で学べるAPUと、現在の学部を選んだ理由を教えてください。
APUのことは2年生の頃から知っていました。当初は海外の大学への進学も考えていましたが、調べていく中で、日本にいながら海外のような環境で学べるAPUに魅力を感じるようになり、3年生になる頃には「ここに進学したい」と考えていました。
サステナビリティ観光学部を選んだ大きな理由は、グループワークを中心に学ぶ授業が多いことです。飯塚高校在学中にベトナムとタイへ留学し、現地では仲間と協力して取り組む場面が多くありました。その時間がとても楽しく、自分にはグループで考え、対話しながら学ぶ方法が合っていると感じたことが、学部選びにつながりました。
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——学部選びのきっかけにもなった留学を通して、ご自身にはどのような変化がありましたか。
ベトナム留学では班長を務めました。それまで自分がリーダーの役割を担うイメージはなかったのですが、実際にやってみると、「意外と自分にもできる」と感じられました。
私のリーダーシップは、「自分についてきてほしい」と先頭から強く引っ張る形ではありません。先輩・後輩に関係なく、友達のようにフラットに接しながら、「みんなでやってみよう」と声をかけるスタイルです。
それによってメンバー同士の距離が縮まり、タイ留学でもその経験を生かすことができました。今でも、ベトナムとタイ、それぞれの留学メンバーとは交流が続いています。大学でサークルを立ち上げたときも、こうした経験が自信になっていたと思います。
学業・駅伝・留学。可能性を狭めなかった3年間
——留学で得た自信の背景には、高校3年間のどのような積み重ねがあったのでしょうか。
最初のきっかけは、1年生で最初に受けた中間テストです。高校のテストがどのようなものか不安もありましたが、しっかり準備して良い成績を取ることができ、「頑張れば自分にもできる」と自信を持てました。
評定はその後の進路に生きるかもしれないと考え、3年間を通して高い水準を維持することを意識しました。最終的な評定平均は4.78でした。
そして、現在の進路に最もつながったのは交換留学です。私は強化部である駅伝部に所属していたため、練習との両立に難しさもありました。それでも佐藤幸之助監督に相談すると、「応援するから、ぜひ行っておいで」と前向きに送り出してくださいました。
担任だった本晋先生も、いろいろな相談に親身になって向き合ってくださいました。周囲の理解と支えがあったからこそ、留学という挑戦ができたと思います。

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——学業と留学に加え、駅伝部でも大きな挑戦を続けてきましたね。
私は高校から駅伝を始めたこともあり、入部当初は周囲との差が大きく、下位チームからのスタートでした。自分が都大路を走る姿は、口にすることさえできないほど遠く感じていました。
それでも、監督から教わった「(練習の)ジョグと流しを大切にする」という言葉を信じ、日々の基本的な練習に力を入れました。その結果、1年生の終わりには3000メートルのタイムを中学時代から約1分30秒縮めることができました。2年生では「第10回 福岡県高等学校陸上競技学年別大会」で優勝し、「令和6年度 全国高等学校駅伝競走大会 福岡県予選大会」にもメンバーとして出場しました。
3年生の夏には一度調子を落とし、「もう駅伝を走れないかもしれない」と思った時期もありました。それでも諦めずに挽回し、最後は都大路を走り切ることができました。目標に向かって、基本を積み重ねながら続けることの大切さを学んだ3年間でした。
——遠く感じていた都大路までたどり着く一方で、学業も高い水準を保ちました。どのように両立していましたか。
目の前のきつさだけではなく、その先の自分を考えて行動するようにしていました。部活動の後で眠くても、「ここで頑張らなければ、後から自分が苦労する」と考え、今やるべきことに集中しました。
定期テストでは、先生が重点的に示した教科書や教材の範囲を、見なくても答えられるくらいまで繰り返し学習しました。勉強時間が十分に取れないからこそ、限られた時間の中で何を徹底するかを意識していました。
2年生の頃は、駅伝で進学するのか、学業を生かして進学するのか、まだ決め切っていませんでした。だからこそ、どちらの道にも進める状態をつくっておこうと思い、部活動にも勉強にも力を抜きませんでした。
早い段階で進路を一つに絞るのではなく、できる準備を続けて選択肢を残したことが、結果として指定校推薦にもつながったと思います。
積み重ねた経験が、そのまま受験で力になった
——選択肢を残すために続けてきた準備が、指定校推薦につながったのですね。
指定校推薦で受験しました。3年生の9月上旬頃に校内選考を通過し、志望理由書とエッセイ(小論文)を提出しました。
受験書類を書くときには、交換留学や駅伝部での競技活動、駅伝部として3年間参加した飯塚山笠のボランティア、学業など、高校時代に経験したことが数多くあったため、題材や文字数に困ることはありませんでした。
日々取り組んできたことの一つひとつが、受験で自分を伝える材料になったと感じます。
——豊富な経験を受験書類に落とし込む際、先生方からはどのようなサポートを受けましたか。
志望理由書やエッセイは、本先生に何度も見ていただき、内容や表現を整えていきました。その後、国語科の松木凱也先生にも最終確認をしていただき、「これで十分だと思う」と言っていただいたことで、自信を持って提出できました。
高校3年間で実際に経験し、考えてきたことを、先生方の力を借りながら言葉にできたことが大きかったと思います。
北欧で学び、いつか自分の手でリゾート地をつくりたい

——高校時代に海外へ踏み出した経験を経て、大学では次にどんな挑戦をしたいですか。
大学在学中に、サステナビリティの先進地域である北欧へ留学したいと考えています。北欧は環境面の取り組みが進んでいるだけでなく、幸福度が高い国が多いことにも関心があります。現地で学び、日本と北欧をつなぐ架け橋のような人材になりたいです。
また、立ち上げた陸上サークルの活動をさらに充実させ、別府の地域に貢献できる機会を増やしていきたいと思っています。
——北欧で学ぶ経験を、その先の将来にどうつなげていきたいですか。
リゾート開発や地形学に関心があり、将来は自分の手でリゾート地をつくりたいと考えています。企業に就職して経験を積む道もあると思いますが、私は自分で何かを生み出したいという思いが強く、早い段階で起業して社会に出たいです。
APUには、在学中に会社を立ち上げている先輩も多くいます。アルバイト先にもそうした先輩がいて、身近なところで話を聞ける環境です。先輩たちから学びながら、夢を具体的な形にしていきたいと思います。
——最後に、さまざまな可能性を広げてきた三明さんから、後輩へメッセージをお願いします。
私が考える高校生活の一つのモデルは、1年生では高い評定を意識し、英語検定の取得にも取り組みながら、部活動に全力を注ぐこと。2年生ではそれらを続けながら、留学などの新しい経験に挑戦し、少しずつ進路について考え始めること。そして3年生になる頃には、一般入試でも推薦入試でも、自分が選んだ方法で戦える状態をつくっておくことです。
部活動や勉強が「きつい」と感じる瞬間はあると思います。そんなときは、今の大変さだけではなく、将来の自分を想像してみてください。1年生の頃から積み重ねたことは、留学や推薦入試など、思いがけない場面で自分の力になります。
最初から進路を一つに決めなくても大丈夫です。私自身、駅伝と学業のどちらの可能性も残したいと思い、両方に取り組みました。高校生活でできることに一つずつ挑戦し、後悔しないように自分の選択肢を広げていってほしいと思います。
——素敵なお話をありがとうございました。
今後も卒業生インタビューを順次掲載していきますので、ぜひご覧ください。
▶三明さんが在籍した「特進グローバルコース」は、令和8年度より「国際探究プロジェクト」に名称を変更しました。詳しくはこちらをご覧ください。
※学科・コース等の名称は在籍当時のものです。
※記事内容は取材当時(2026年8月)のものです。
※写真は三明さんよりご提供いただきました。

